2002年01月08日
ミュージック・トレード1月号にて記事掲載
DJ・VJによるクラブイベントにストーリー性は導入できるか?
デジタル・オペラ・プロジェクト 報告
ライブかシーケンスか
今日、クラブシーンにおけるDJ・VJ向けの技術は進歩しており、映像と音楽をライブで組み合わせることが比較的容易になってきている。しかしながら、こうした技術はクラブでの用途が主だけに、悪く言えばループ素材によってその時空間を音楽と映像で「埋め続ける」ことを目的としているようにもみえる。また通常、DJとVJが打ち合わせを行うこともほとんどなく、偶然に生じる個人プレイの組み合わせが山場を作ることもあっても、イベント全体を時系列的にコントロールすることは難しい。
一方、映像と音楽とをあらかじめシーケンスとし、「映像作品」として構築すれば、音質・画質ともにクオリティの高いものを制作でき、映画のようにメッセージ性やストーリー性を込めて別種の感動を織り交ぜることができる。だが今度は、上演(実質的には「上映」になってしまうが)される場において、アーティストとオーディエンスとの一体感=ライブ性はほとんどそぎ落とされてしまう。
クラブイベント、メディアアート、映画から遊園地のアトラクションまで、映像と音楽を組み合わせたイベントは様々だが、そこに「ライブ性」があるか否かは、何よりもオーディエンスの態度に影響を与える。観客は、そのイベントに内在するインタラクティビティの量を敏感に感じ取り、「ライブ」であると解釈すれば能動的な参加モード、「シーケンス」であると解釈すれば受動的な鑑賞モードにスイッチングしてしまうのである。
DJ・VJイベントにストーリー性を導入すれば、ライブに参加しているという能動性を観客に持たせつつ、映像作品を見た後のような感動を与えることができるのではないか…「デジタル・オペラ・プロジェクト」の構想はここから始まった。
デジタル・オペラ・プロジェクト
「デジタル・オペラ・プロジェクト」は2部構成。第1部は「デジタル・オペラ」と銘打ち、『天地創造』をテーマに、宇宙のはじまりから生命・人間の誕生までのプロセスをDJ・VJによる映像と音楽で表現しようと言うものである。第2部は「デジタル・ライブ」となっており、エレクトーンやシンセサイザーによるライブ演奏と、VJのライブ映像を組み合わせたものである。VJの映像制御もMIDI信号によって行うので、鍵盤楽器を前にしたパフォーマーが3人並ぶというステージになった。
第一部に「オペラ」の名前を冠したのは、このイベントを映像と音楽が流れ続けるクラブイベントとしてではなくひとつの物語として感じとって欲しいという思いがあったからである。同時に、公演会場がフロアではなくステージ・ホールであること、音楽もオペラ歌手の声等をサンプリングした素材を多用して制作したものであることにも由来している。
映像・音楽の制作は、「映像作品」をつくるプロセスではなく、あくまで、DJ・VJの「ネタ=素材」中心の制作工程とした。音楽に関しては、「大地」「海」などを想起させるループやSEなどを、コンピューターやシンセサイザーで波形編集を施し作曲した。映像に関しては、油絵による作品づくりを主とする渡邊陽平氏が写真や絵をモーフィングでつなげて制作した。音楽が映像に合わせているわけでもなく、映像が音楽に合わせているわけでもなく、同時進行で互いの素材にインスパイアされながらの作業であった。
システムの新規性
クラブイベントに物語としての流れを導入するという理念に加え、今回のデジタル・オペラ・プロジェクトにおいてはシステム面でもいくつかの新しい試みを行っている。
まず、音声面においては、4チャンネルのサラウンドサウンドである。通常のアナログレコード、DJミキサー、DJエフェクターは全てステレオ2チャンネル仕様であるため、これを単体で実現するシステムは未だ登場していない。そこで、複数のハードディスクレコーダーを用いたDJプレイの経験から、ハードディスクレコーダーを用いたシステムを構築することにした。使用したシステムは、CUBASE VSTをインストールしたノートパソコン(YAMAHA MOTIF8によるリモート制御によりEQ操作。オーディオインターフェイスはMOTU 828)をYAMAHA AW4416に接続することで、ハードディスクレコーダー2台とミキサー・デジタルエフェクターによる4チャンネルシステムを実現した。
音の再生環境は、観客を取り巻くように置かれた4組のスピーカー・サブウーファー(YAMAHA F25 + F28)を中心に、14台のスピーカーが8台のアンプ(YAMAHA PC5500, PC3500)によって駆動される環境となった。上演会場となった富山大学黒田講堂ホールは、残響効果も大きくかつ傾斜があるため、サラウンドの効果が最大限に発揮されるようなセッティングは(株)ドリームに工夫していただいた。
音声だけでなく、今回は映像も4チャンネルで行うことを試みた。ステージ全体・ステージ上部・ステージ側壁の4カ所に映像を投影したのである。壁面が白くスクリーンとして利用できることからその形状を生かした形で映像制作を行った。(株)エプソン販売に提供していただいたELP-8100、ELP-810は台形補正機能を搭載しており、大きく歪んだ壁面でも制作者が意図した映像を投影することができた。ステージ側壁はミラーリングさせて表示したため、3台のVJコンピューターを2人のVJにより操作した。
おわりに
このイベントは新聞・テレビ各社の報道もあり、2001年11月4日に行われた公演には合計でおよそ700人を動員した。第一部に関しては『天地創造』の過程を疑似体験できたという感想が多くあり、ひとつの物語として捉えてもらえたという感触を得た。また第2部に関しては、とりわけ手と足が観客によく見えるポジションで演奏していたエレクトーン奏者 村田千春氏に対する賛辞が集まり、フィジカルな意味での「ライブ性」の強さを実感した次第である。今回のイベントが成功したのは、(株)ヤマハ、(株)エプソン販売からの機材提供、ステージ進行を担当してくださったドゥモア 小野澤拓生氏のアドバイス、学内のサポートのおかげです。あらためて、関係各位に感謝します。デジタル・オペラ・プロジェクトについては、www.digitaloperaproject.comにおいてストリーミング配信にて見ることができます。
デジタル・オペラ・プロジェクト 報告
ライブかシーケンスか
今日、クラブシーンにおけるDJ・VJ向けの技術は進歩しており、映像と音楽をライブで組み合わせることが比較的容易になってきている。しかしながら、こうした技術はクラブでの用途が主だけに、悪く言えばループ素材によってその時空間を音楽と映像で「埋め続ける」ことを目的としているようにもみえる。また通常、DJとVJが打ち合わせを行うこともほとんどなく、偶然に生じる個人プレイの組み合わせが山場を作ることもあっても、イベント全体を時系列的にコントロールすることは難しい。
一方、映像と音楽とをあらかじめシーケンスとし、「映像作品」として構築すれば、音質・画質ともにクオリティの高いものを制作でき、映画のようにメッセージ性やストーリー性を込めて別種の感動を織り交ぜることができる。だが今度は、上演(実質的には「上映」になってしまうが)される場において、アーティストとオーディエンスとの一体感=ライブ性はほとんどそぎ落とされてしまう。
クラブイベント、メディアアート、映画から遊園地のアトラクションまで、映像と音楽を組み合わせたイベントは様々だが、そこに「ライブ性」があるか否かは、何よりもオーディエンスの態度に影響を与える。観客は、そのイベントに内在するインタラクティビティの量を敏感に感じ取り、「ライブ」であると解釈すれば能動的な参加モード、「シーケンス」であると解釈すれば受動的な鑑賞モードにスイッチングしてしまうのである。
DJ・VJイベントにストーリー性を導入すれば、ライブに参加しているという能動性を観客に持たせつつ、映像作品を見た後のような感動を与えることができるのではないか…「デジタル・オペラ・プロジェクト」の構想はここから始まった。
デジタル・オペラ・プロジェクト
「デジタル・オペラ・プロジェクト」は2部構成。第1部は「デジタル・オペラ」と銘打ち、『天地創造』をテーマに、宇宙のはじまりから生命・人間の誕生までのプロセスをDJ・VJによる映像と音楽で表現しようと言うものである。第2部は「デジタル・ライブ」となっており、エレクトーンやシンセサイザーによるライブ演奏と、VJのライブ映像を組み合わせたものである。VJの映像制御もMIDI信号によって行うので、鍵盤楽器を前にしたパフォーマーが3人並ぶというステージになった。
第一部に「オペラ」の名前を冠したのは、このイベントを映像と音楽が流れ続けるクラブイベントとしてではなくひとつの物語として感じとって欲しいという思いがあったからである。同時に、公演会場がフロアではなくステージ・ホールであること、音楽もオペラ歌手の声等をサンプリングした素材を多用して制作したものであることにも由来している。
映像・音楽の制作は、「映像作品」をつくるプロセスではなく、あくまで、DJ・VJの「ネタ=素材」中心の制作工程とした。音楽に関しては、「大地」「海」などを想起させるループやSEなどを、コンピューターやシンセサイザーで波形編集を施し作曲した。映像に関しては、油絵による作品づくりを主とする渡邊陽平氏が写真や絵をモーフィングでつなげて制作した。音楽が映像に合わせているわけでもなく、映像が音楽に合わせているわけでもなく、同時進行で互いの素材にインスパイアされながらの作業であった。
システムの新規性
クラブイベントに物語としての流れを導入するという理念に加え、今回のデジタル・オペラ・プロジェクトにおいてはシステム面でもいくつかの新しい試みを行っている。
まず、音声面においては、4チャンネルのサラウンドサウンドである。通常のアナログレコード、DJミキサー、DJエフェクターは全てステレオ2チャンネル仕様であるため、これを単体で実現するシステムは未だ登場していない。そこで、複数のハードディスクレコーダーを用いたDJプレイの経験から、ハードディスクレコーダーを用いたシステムを構築することにした。使用したシステムは、CUBASE VSTをインストールしたノートパソコン(YAMAHA MOTIF8によるリモート制御によりEQ操作。オーディオインターフェイスはMOTU 828)をYAMAHA AW4416に接続することで、ハードディスクレコーダー2台とミキサー・デジタルエフェクターによる4チャンネルシステムを実現した。
音の再生環境は、観客を取り巻くように置かれた4組のスピーカー・サブウーファー(YAMAHA F25 + F28)を中心に、14台のスピーカーが8台のアンプ(YAMAHA PC5500, PC3500)によって駆動される環境となった。上演会場となった富山大学黒田講堂ホールは、残響効果も大きくかつ傾斜があるため、サラウンドの効果が最大限に発揮されるようなセッティングは(株)ドリームに工夫していただいた。
音声だけでなく、今回は映像も4チャンネルで行うことを試みた。ステージ全体・ステージ上部・ステージ側壁の4カ所に映像を投影したのである。壁面が白くスクリーンとして利用できることからその形状を生かした形で映像制作を行った。(株)エプソン販売に提供していただいたELP-8100、ELP-810は台形補正機能を搭載しており、大きく歪んだ壁面でも制作者が意図した映像を投影することができた。ステージ側壁はミラーリングさせて表示したため、3台のVJコンピューターを2人のVJにより操作した。
おわりに
このイベントは新聞・テレビ各社の報道もあり、2001年11月4日に行われた公演には合計でおよそ700人を動員した。第一部に関しては『天地創造』の過程を疑似体験できたという感想が多くあり、ひとつの物語として捉えてもらえたという感触を得た。また第2部に関しては、とりわけ手と足が観客によく見えるポジションで演奏していたエレクトーン奏者 村田千春氏に対する賛辞が集まり、フィジカルな意味での「ライブ性」の強さを実感した次第である。今回のイベントが成功したのは、(株)ヤマハ、(株)エプソン販売からの機材提供、ステージ進行を担当してくださったドゥモア 小野澤拓生氏のアドバイス、学内のサポートのおかげです。あらためて、関係各位に感謝します。デジタル・オペラ・プロジェクトについては、www.digitaloperaproject.comにおいてストリーミング配信にて見ることができます。
homei_miyashita at 20:11│執筆記事